
はじめてこの本を手にしたのは、何年前だろう?
埼玉に住んでいた頃、まだ次男が3〜4歳ころだっただろうか。
もう、15年ほども前になる。
その頃は、すごく薄っぺらな冊子だった。
その頃、加入していた生活クラブ生協の仲間たちは、環境や社会問題に敏感で、常に学びあっていた。
高圧線の下に住んでいたので、電磁波の身体への影響を考える勉強会の時だ。
この冊子を持っていた人が、貸してくださった。
チェルノブイリ原発事故の被害のありさまと、原発事故の恐ろしさを友人や知り合いに知ってもらえるよう、熱くわかりやすく書かれた長い手紙だ。
この冊子を読んだ時、涙が止まらなかった。
原発に依存している日本では、もう間に合わないのではないかと。
この冊子ができた頃、原発の恐ろしさをたくさんの人に知ってもらいたいと考えた人た数多くいた。
小さな子どもをおんぶしたおかあさんが、改札から出てくる人に手渡していたそうだ
そうしてもらった人が、何十冊も注文して、また次の人に手渡す。
そんな冊子だった。
私もそうして原発の原子力の恐ろしさを知った一人だった。
確かに知っていたはずだった。
大阪に引っ越してきて、3人目が生まれいろいろな活動に参加してきた。
環境や社会問題を話し合える場を見つけることは出来なかった。
原発の問題は、頭の片隅に追いやられてしまった。
そして、安楽で便利で快適でぜいたくな暮らしを享受してしまった。
子どもたちの将来を案じながら、一番恐ろしいものに目をそむけてしまったんだ。
福島の原発事故で、多くの人がその恐ろしさを知ったことだろう。
東電の社長に土下座してあやまれと怒りをぶつけていた人たちがいた。
原発事故で避難した人たちの憤りとくやしさ、やりきれない気持ちはわかる。
でも、謝らなくてはいけないのは、東電の社長や原発を進めてきた政治家たちだけだろうか?
子どもたちに便利な生活を与え、ずっと後世にまで重いリスクを背負わせてしまったのは、この国のすべての大人たちだ。
子どもたちにこれ以上、重い十字架を背負わせてはいけない。
原発を止められるのは、今しかないのかもしれない。
子どもたちの未来のために、まだ間に合うと信じて。